『9月1日〜3日』胡弓と編み笠の踊り――富山・おわら風の盆

9月に入ったばかりの富山県富山市八尾町(やつおまち / Yatsuo-machi)。日が落ちる頃、坂の町のあちこちから胡弓(こきゅう / Kokyuu)と三味線の音が流れ始めます。
「おわら風の盆(おわらかぜのぼん / Owara Kaze no Bon)」。編み笠を深くかぶった踊り手たちが、無言のまま夜の町を流していく、富山を代表する三日間の行事です。2026年は9月1日(火)から3日(木)まで開催されます。

🎐 300年続く「風を鎮める」祭り

おわら風の盆の起源は、1702年(元禄15年)とされています。八尾の町が加賀藩から取り戻した「町建御墨付」の文書を祝い、三日三晩踊り歩いたのが始まりと伝えられています。「風の盆」の名称は、二百十日(にひゃくとおか=立春から210日目、9月1日頃)の風を鎮め、稲の実りを祈る「風鎮祭(ふうちんさい)」の性格を持つことに由来します。台風の季節に入る前に、風の被害を避けるための祈りの行事だったとされています。

おわらの最大の特徴は、その静けさです。他の盆踊りが太鼓と歓声で賑やかに踊られるのに対し、おわらは胡弓・三味線・太鼓の生演奏に合わせて、踊り手たちが編み笠を深くかぶり、顔を見せずに無言で踊ります。哀愁を帯びた胡弓の音色と、抑制のきいた優美な所作は、盆踊りというより舞に近い印象を与えます。八尾は坂と石畳の町で、格子戸の家並みが続く路地に灬される雪洞(ぼんぼり)の明かりも、この静かな踊りに独特の風情を添えます。

八尾の町は「十一町(じゅういっちょう)」と呼ばれる11の支部に分かれており、それぞれの町が独自の衣装・振り付け・踊りの節を持っています。踊りは各町ごとに「町流し(まちながし)」と呼ばれる形で、演奏者と踊り手の一団が町内をゆっくり練り歩きます。3日間で約25万人の観光客が訪れる一方、町の人口は約1万9千人。町全体が祭りの舞台になります。

十一町それぞれの特色

町ごとに衣装の色や踊りの節が異なります。町流しのルート上で見比べるのも楽しみ方の一つです。

町名 特色・見どころ
東町(ひがしまち) 八尾の中心街。町流しの規模が大きい。
西町(にしまち) 井田川に面した町。石畳の坂道の眺めが美しい。
諏訪町(すわまち) 「日本の道100選」に選ばれた石畳の通り。撮影スポットとして人気。
上新町(かみしんまち) 格子戸の町家が連なる落ち着いた町並み。
鏡町(かがみまち) かつての花街。舞台踊り「おたや階段の踊り」で知られる。
下新町(しもしんまち) 聞名寺(もんみょうじ)が境内を輪踊りの場として開放。
天満町(てんまんちょう) 天満宮周辺の町。素朴な町流しが特徴。
今町(いままち) 八尾駅に近く、初日にアクセスしやすい町。
西新町(にししんまち) 西町と連続した町並み。夜の雪洞の眺めが良い。
東新町(ひがししんまち) 東町と隣接。夜の町流しが遅くまで続くことがある。
福島(ふくしま) 八尾駅前エリア。到着してすぐに町流しに触れられる。

観覧のポイント

おわら風の盆を楽しむためのポイントです。

  • 時間帯と町流し:各町の町流しは概ね15時頃から23時頃まで行われます。夕方から夜にかけての時間帯が最も雰囲気があり、雪洞に灯が入る19時以降は町全体が幻想的な光景に変わります。雨天時は中止になります。
  • 23時以降の「本来の姿」:公式スケジュールが終わる23時以降、各町の演者たちが自主的に町流しを続けることがあります。観光客が減った深夜の路地で踊られるおわらは、本来の風の盆の姿とも言われています。八尾町内に宿を取れた場合のみ体験できる時間帯です。
  • 演舞会:八尾小学校グラウンドの特設ステージで、各町の踊りを順番に披露する「演舞会」が19時から21時頃まで行われます。有料の指定席で、事前販売はJTB等を通じて例年6月頃に開始されます。観覧が保証される唯一の場でもあります。
  • 宿泊:八尾町内の宿は極めて少なく、3日間はほぼ1年前から予約で埋まります。現実的には富山市中心部に宿を取り、臨時列車やシャトルバスで八尾に通う形になります。祭り期間中は富山駅前と八尾を結ぶシャトルバスが運行されます。
  • 服装:八尾は坂と石畳の町で、路地を歩き回る観覧になります。歩きやすい靴が必須です。9月上旬の夜はやや冷えることがあり、薄手の上着があると安心です。

八尾へのアクセス

出発地 経路 所要時間
東京 北陸新幹線「かがやき」→富山駅→JR高山本線 約2時間35分
大阪 特急「サンダーバード」+北陸新幹線→富山駅→JR高山本線 約3時間30分
名古屋 特急「ひだ」で富山駅→JR高山本線 約4時間20分
富山駅 JR高山本線で越中八尾駅まで 約25分

🎋 胡弓の音色が伝えるもの

おわら風の盆の音楽の中心にあるのが「胡弓」です。三味線を小さくしたような形の擦弦楽器で、弓で弦をこすって音を出します。日本の伝統音楽で胡弓が主役を務める場面は限られており、おわらは胡弓の音色を全国に知らしめた祭りでもあります。哀愁を帯びた胡弓の音は、盆の行事が本来持っていた「死者を送る」性格ともつながっています。二百十日の風を鎮める祈りと、盆の名残の鎮魂の情感が、おわらの静けさの底に流れています。

八尾は江戸時代、富山藩の売薬と養蚕で栄えた町です。石畳の坂道と格子戸の家並みが今も残るのは、この経済的基盤があったためです。町の景観そのものが、おわらの舞台装置として機能しています。踊り手の多くは八尾で生まれ育った人々で、25歳までという年齢制限を設けている町もあります。地元の若者にとって、おわらで踊ることは町の一員としての通過儀礼のような意味を持っています。

3日間で25万人という数字は、静かに踊られる祭りとしては異例の規模です。それでもおわらが「見せるための祭り」ではなく「町の祭り」であり続けているのは、深夜の自主的な町流しに象徴されるように、地元の人々のための時間が祭りの中心に残されているからです。訪れる側も、その静けさを尊重する姿勢を持って歩きたい祭りです。