『4月2日』 「七十五膳、食え!」――日光山輪王寺・強飯式の迫力

4月2日、栃木県日光市。世界遺産としても知られる日光山輪王寺(にっこうさんりんのうじ / Nikkozan Rinnoji)の三仏堂で、山伏姿の僧侶が裃(かみしも)をまとった信者の前に山盛りのご飯を突きつけ、大声で叫びます。
「七十五膳、頂戴いたせ!」
これが、日光に伝わる奇祭「強飯式(ごうはんしき / Gouhan-shiki)」です。

⛰️ 山伏が飯を強いる――日光修験道の儀式

強飯式は、日光修験道に由来する独特の儀式で、その歴史は約1100年前まで遡ると伝えられています。

儀式の主役は「強飯頂戴人(ごうはんちょうだいにん)」と呼ばれる信者です。
裃を着けて正座し、その前に山伏装束の僧侶(山伏役)が立ちます。山伏は大きな高坏(たかつき)に山のように盛った飯を頂戴人の前に押し出し、「残さず食え」と威圧的に迫ります。

実際にすべてを食べるわけではなく、儀礼的なやり取りですが、山伏の迫力ある声と所作、頂戴人が恐縮する様子は、見るものに異様な印象を与えます。
この「強飯を受ける」ことで、頂戴人には無病息災・家運長久・商売繁盛のご利益があるとされ、毎年地元の名士や商工関係者が志願して頂戴人の役を務めます。

鑑賞のポイント

強飯式を理解するためのポイントです。

  • 「七十五膳」の意味:山伏が「七十五膳を頂戴しろ」と命じるのは、日光の神仏に供えられた75の膳を象徴的にすべて受け取れという意味です。山の神仏の力を飯に乗せて人間に分け与える、という修験道的な思想が根底にあります。
  • 修験道と日光:修験道は、山岳での厳しい修行を通じて超自然的な力を得ることを目指す日本独自の宗教です。
    日光は古くから山岳信仰の霊場であり、東照宮の華やかさとは別に、修験の厳しさを伝える儀式が今も受け継がれています。
  • 儀式のクライマックス:山伏が高坏を頂戴人に突きつけるシーンは、堂内に緊張感が走ります。
    頂戴人は両手を膝に置き、山伏の圧に耐えながら「頂戴いたします」と応じます。この緊張と応答のやり取りが、儀式最大の見どころです。
  • 「日光責め」の俗語:かつて「日光責め(にっこうぜめ)」という言葉がありました。日光に参詣した者が強飯式に巻き込まれ、無理やり大量の飯を食べさせられる――という半ば冗談のような俗語です。
    現在の強飯式は事前に選ばれた頂戴人が参加する儀式であり、一般参拝者が飯を強いられることはありません。

🍚 東照宮だけではない、日光のもう一つの顔

世界各地の宗教儀式には、食を通じて神聖な力を人間に伝える行為が存在します。キリスト教の聖体拝領もその一つです。強飯式では、その「聖なる食」が穏やかに供されるのではなく、威圧的に「強いられる」という独特の形式をとっています。山の神仏の力は、それほどに強く、それほどに有難い――だからこそ、受ける側にも覚悟がいる。強飯式の異様な光景の奥には、そうした日光修験道の信仰のかたちが息づいています。

強飯式は毎年4月2日に一般公開されており、三仏堂の中で間近に見ることができます。東照宮の絢爛な彫刻を見たあと、同じ日光山の境内で繰り広げられる荒々しい儀式に立ち会えば、この霊場が持つ信仰の奥行きに触れることになります。東京から日光へは電車で約2時間。4月2日に関東近郊にいるなら、足を延ばす価値のある行事です。