5月18日、京都市上京区の上御霊神社(かみごりょうじんじゃ / Kamigoryou Jinja)から、3基の神輿が氏子町へ繰り出します。
「御霊祭(ごりょうまつり / Goryo Matsuri)」の還幸祭です。怨霊を鎮めるために始まったこの祭りは、千年以上の歴史を持ち、祇園祭の起源よりもさらに古い可能性がある京都の祭礼です。
👻 怨霊信仰と御霊会の始まり
上御霊神社は、794年の平安京遷都の際に崇道天皇(すどうてんのう)を祀ったことに始まります。崇道天皇は桓武天皇の弟・早良親王(さわらしんのう)のことで、無実の罪で幽閉され、絶食の末に亡くなりました。その後、疫病や天変地異が続いたため、早良親王の怨霊の仕業と恐れられ、崇道天皇の追号を贈って鎮めたのが神社の起源です。
その後、非業の死を遂げた高貴な人々の神霊が合祀され、現在は八柱の祭神が祀られています。863年(貞観5年)、清和天皇の勅命で神泉苑において御霊を鎮めるための「御霊会(ごりょうえ)」が催されました。これが御霊祭の起源とされています。
上御霊神社はまた、応仁の乱が勃発した地でもあります。1467年、室町幕府管領の畠山政長と畠山義就の武力衝突が御霊の森で起こり、これが全国に広がる10年以上の戦乱――応仁の乱――へと発展しました。境内には「応仁の乱勃発地」の石碑が立っています。
鑑賞のポイント
御霊祭を見るためのポイントです。
- 還幸祭の行列:5月18日の還幸祭では、小山郷・今出川口・末廣の3基の神輿が、御霊太鼓、剣鉾、早乙女、稚児、若武者、牛車、獅子舞とともに氏子町を巡行します。午前中に渡御の儀が行われ、午後1時頃に行列が出発。出町桝形商店街のアーケードを通り抜け、京都御苑内を巡り、夕暮れ近くに神社へ戻ります。
- 商店街のアーケード通り抜け:出町桝形商店街の狭いアーケードを神輿がくぐり抜ける場面は、還幸祭の見どころの一つです。鳴鐶(なりかん)のシャンシャンという音と担ぎ手の掛け声がアーケードに反響し、独特の迫力があります。
- 宵宮(5月17日):還幸祭の前日17日は宵宮で、境内と周辺に屋台がずらりと並びます。御霊太鼓の演奏も行われ、地元の人々で賑わいます。拝殿には翌日の巡行を待つ3基の神輿と2基の子ども神輿が安置されており、間近で見ることができます。
- アクセス:上御霊神社は、地下鉄烏丸線・鞍馬口駅から徒歩約3分です。京都御所からも徒歩圏内にあり、御所の散策と合わせて訪れることができます。還幸祭の行列ルートは上京区一帯に広がるため、沿道の各所で観覧が可能です。
⚔️ 怨霊の地に立つ
上御霊神社の境内は、繁華街から離れた住宅地の中にあり、観光客は多くありません。応仁の乱の勃発地であり、日本の怨霊信仰の原点ともいえる御霊会が行われた場所でありながら、普段は静かな境内です。
御霊祭の還幸祭は、その静かな境内が一年で最も賑わう日です。地下鉄鞍馬口駅から徒歩3分、京都御所の北側という立地は、金閣寺や下鴨神社へも移動しやすいエリアです。5月17日の宵宮で屋台と御霊太鼓を楽しみ、翌18日に還幸祭の行列を追いかける。京都の観光ルートから少し外れるだけで、千年以上続く怨霊鎮めの祭りに立ち会うことができます。