1945年8月9日午前11時2分、アメリカ軍のB-29爆撃機「ボックスカー」が長崎市の上空で原子爆弾「ファットマン」を投下しました。当初の目標は小倉市(現・北九州市)でしたが、上空の視界不良により目標が長崎に変更されたという経緯があります。爆心地は浦上地区で、その年の年末までに約7万4千人が死亡したと推計されています。広島への投下から3日後のことでした。
🕊️ 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典
毎年8月9日、長崎市松山町の平和公園(へいわこうえん / Heiwa Kouen)で「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が行われます。式典は午前10時40分に開始され、11時2分に参列者全員が黙祷を捧げます。11時2分は原爆が投下された時刻です。
長崎市長が「長崎平和宣言」を読み上げ、被爆者代表が「平和への誓い」を述べます。長崎の平和宣言は、核兵器の廃絶と世界平和を国際社会に訴える内容で、核保有国の政策に対して具体的な言及を行うことでも知られています。広島と同様に一般参列が可能で、事前申し込みは不要です。
長崎と広島では被爆の状況が異なります。広島は平坦な地形に原爆が投下されたため被害が広範囲に及びましたが、長崎は周囲を山に囲まれた地形のため、爆風が山で遮られた地域もありました。一方で、爆心地の浦上地区は壊滅的な被害を受けました。浦上地区には当時、日本最大のカトリック教会であった浦上天主堂(うらかみてんしゅどう / Urakami Tenshudou)がありました。
長崎の訪問ポイント
- 平和祈念像(Peace Statue):平和公園内にある高さ約10メートルのブロンズ像です。右手は原爆を示す天を指し、左手は平和を示す水平に伸ばされ、閉じた目は犠牲者への祈りを表しています。彫刻家・北村西望(きたむらせいぼう)の作品です。
- 長崎原爆資料館(Nagasaki Atomic Bomb Museum):被爆の実態を示す資料、爆風で変形した日用品、被爆者の証言映像が展示されています。原爆投下に至るまでの歴史的経緯についても詳しく展示されています。入館料は大人200円。英語の展示解説があります。
- 浦上天主堂(Urakami Cathedral):爆心地から約500メートルの位置にあった東洋一のカトリック教会です。原爆により完全に倒壊しましたが、1959年に再建されました。被爆した聖人像の一部が現在も敷地内に保存されています。
- 爆心地公園(Hypocenter Park):原爆が炸裂した直下の地点を示す黒御影石の碑があります。平和公園から徒歩約5分の位置です。
- 山王神社の一本柱鳥居(Sannou Jinja One-legged Torii):爆風で片方の柱が吹き飛ばされ、もう片方だけで立ち続けている鳥居です。被爆の痕跡を残す建造物として保存されています。長崎電気軌道「大学病院」電停から徒歩約5分。
- アクセス:JR長崎駅から平和公園まで長崎電気軌道(路面電車)で「平和公園」電停下車、徒歩約5分。東京から長崎へは飛行機で約2時間。博多(福岡)からは西九州新幹線「かもめ」で長崎駅まで約1時間20分です。
⛪ 長崎とキリスト教の歴史
長崎を訪れる際に知っておくべき背景の一つに、長崎とキリスト教の歴史があります。16世紀にポルトガルから伝わったキリスト教は長崎で根づき、江戸時代の禁教令のもとでも約250年間にわたって密かに信仰が守られました。「潜伏キリシタン関連遺産」として2018年にユネスコ世界遺産に登録されています。
浦上天主堂が原爆で破壊されたという事実は、長崎の被爆が持つもう一つの側面です。禁教からの解放後に30年かけて建設された教会が、完成からわずか20年後に原爆で失われました。浦上地区のキリシタンの歴史と原爆被害は、長崎原爆資料館の展示でも取り上げられています。
8月9日は長崎にとって広島の8月6日と同様の追悼の日です。長崎は坂の街であり、平和公園・原爆資料館・浦上天主堂・爆心地公園はすべて徒歩圏内に集まっています。半日あればこれらの主要施設を訪問できます。8月9日に限らず、長崎を訪れる機会があれば、平和公園周辺をゆっくり歩いてみてください。